1.幸せなはずなのに悲しい

私は時々、今までお会いした皆さまのお顔を思い出します。
嬉しいご報告もたくさんいただきました。「結婚が決まりました!」という方もいて、本当に嬉しかったなぁ。
そういえば、この前も結婚が決まった方がいらしたのですが、彼女はなんだか浮かない顔をしていました。
それこそ簡単に決まった結婚ではありません。もう別れるしかないだろうという危機を何度も乗り越えたすえにプロポーズされたにもかかわらず、なんだか浮かない顔をしているのです。
「幸せなはずなのに、自分でもなんだかわからないんです。なんだかわからないけど、なんだか悲しいんです…」そう言って彼女は泣きだしました。
幸せの絶頂に流すのは嬉し涙のはずなのに、今流れているこの涙はなんだろう?ご本人もそれがわからないから、戸惑ってしまうのです。
「きっとこれを幸せというんだろうな…」と頭では思うのですが、実感がわいてこないから不安になってしまうのです。
こういうのをマリッジブルーというのかな。マリッジ―ブルーなんて人生初の経験だもの。わかるはずがないんです。
2.幸せになるのが怖い

たとえば「彼との結婚」をゴールにして、たくさんの難所がある山を登ってきたとしますよね。
途中では断崖絶壁の岩場を歩かなければいけないような難所があったり、道に迷って来た道をわざわざ降りなければいけないような時があったり、道なき道を切り開いて歩かなければいけない場所があったり。
それでも、この山を登りたいという思いだけで、この過酷な山を登ってきた。すると、ある日突然に開けた場所に出て、「ここが頂上」なんて書いてある。
「え?ここが頂上?」
「ここ?ここ?」
世間一般ではこれを「結婚が決まった瞬間(プロポーズ)」といいます。
「わ~い、ここが頂上なんだ!」と単純に喜べたらいいのですが、人はそんなに単純なものでもないのです。
頂上についた喜びはほんの一瞬。「あれ?なんだか思い描いていた感じと違うぞ。もっと感動するものではないの?」と思う人はとても多いようです。
それどころか、喜びに浸るまもなく、頂上からの景色を楽しむのもそこそこに、自分が登ってきた過酷な眼下を見て、
「え?私、こんなところを登ってきたの?」
「え?こんな高いところまで登ってきたの?」
なんだかぞぞぞぞっとするような感じがしてしまうのです。
まぁ、これはたとえ話なのですが、私達はなぜか幸せになるのがこわいのです。
自分に幸せが近づいてくると、うまくいかなかったときに傷つかなくて済むように、過去の傷や痛みを使って、
「いや、本当この彼でいいんだろうか?」
「彼は本当に私のことが好きなのかな?」
「もう少しよく考えたほうがいいかな?」
…なんてことまで考えてしまう。
そうやって私達は自分の幸せをちっぽけなものとして扱いたくなるのです。
だから、彼女に言いました。
「今流れているその涙は、ホッとしている涙ですよ」
ホッとしたからこそ、過去のいろいろなできごとが蘇ってくる。人って、本当に心からホッとしたときに、過去にいろいろな記憶がよみがえってしまって、むしろツライ気持ちを感じてしまうことがあるんです。
それは、お母さんからはぐれて迷子になってしまった子供が、お母さんの姿を見つけた瞬間に泣き出してしまうことにとてもよく似ています。
夢に見た結婚が決まり、幸せを感じて、ホッと安心した瞬間に、過去のつらかったいろいろな出来事がまるで走馬灯のようによみがえってくる。
「でもね、それは今だから感じられる感情なんだよ」
「あなたが幸せになったから、流せる涙なんだよ」
3.ひとりではなくふたりで悩めることが幸せ

人間って少し矛盾したところがあるんです。私達はなんとなく“悩み慣れているところ”があるんです。
つねに問題があって、つねに悩んでいて、つねに何かを解決しなければいけないと思っていて、つねに何かに頑張っている。
それが習慣となっているので、頑張ることに使ってきたエネルギーが行き場を失い、どうしていいのかわからなくなってしまう。
「どれだけ幸せに慣れていないんだよ!!」ということ、ですね。でもね、そのホッとした感じを“幸せ”というのです。
習慣になっているのだから、きっとまた悩みごとを探してしまうでしょう。
だからね、どうせ悩むのならば「これからは彼とふたりでどう幸せになろうか?」について悩むことだよ。
そう、ひとりではなくふたりで悩むこと。それを“幸せな悩み”というのだね。
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