子供の頃、「お前も大人になったら分かる」という言葉を、父からよく言われていました。
だいたいは、わたしが何かワガママなことを言った時に、
「ダメだと言ったらダメなんだ!大人になったら分かる!(怒)」というトドメの言葉として。
だから、好きじゃありませんでした。この言葉・・・。
友達が持っているあのゲームをわたしも欲しい。
友達が行っているスイミングスクールにわたしも行きたい。
友達が読んでいるあのマンガ本わたしも買って欲しい。
この「友達が・・」と頭につくものに関しては、
ほぼ「ダメだと言ったらダメなんだ!」で、却下されました。
かといって、そこで諦めるような子供でもなかったわたしは、
「なんでダメなの?」とか、聞くわけです。
そこで必ず返ってくる言葉は、「人は人!よその家はよその家!」。
父がそう言いだすと、もう譲らないのです。。。。(すなわち、わたしの負けです。)
さて、大人になって何が分かったのか?
四十を過ぎたわたしは、立派な大人のはずです。
人を羨むな、ということなのか。
自分の欲しいものは、自分で手に入れられるようになってから買えということなのか。
我慢と忍耐を覚えろということなのか。
まぁ、それもあるのだろうけれど。
どこか、「人と違うことを恐れるな」という意味だったように思います。
「自分で責任を取るのであれば、人生何をしてもお前の自由だ」というのも、
父の口癖でしたが(そのわりにうるさかったですが)。
田舎に住む一人息子で跡取り長男でありながら、
自由奔放に生きてきた父の人生は、それなりに風当たりも強かったのでしょう。
そんな父を反面教師に生きてきた娘は、「みんなと同じであること」への憧れを、
どこかに強くもっていたような気がするのです。
誰かと同じというのは安心感がありますが、
それが「自分の欲しいものであるかどうか?」は、別問題だったりもします。
大人になって分かることというのは、
「親が子に込めた願い」のようなものかもしれません。
ふと、そんなことを考えた今日でした。