
自分を愛せないのは、誰かへの小さな仕返しかもしれない
1.自分を愛さなかった“あの人”への復讐

ねえ、もしかしたら。あなたが「自分なんて嫌いだ」と自己嫌悪してしまうとき、心のどこかで、誰かに“仕返し”をしようとしていることって、ないでしょうか?
ちょっと意外かもしれません。
だって、自己嫌悪って「自分を責めること」でしょう?
それがどうして、“誰か”の復讐になるの?と思いますよね。
でもね、こんなことがあるんです。
「愛してほしかった人が、愛してくれなかった」
そのつらさを、どうしていいかわからなくて、“愛されなかった私”を、私自身が愛さないことで、その人に仕返しをしようとしてしまう。
たとえば、心の奥でこんなふうにつぶやいていたりします。
「私は、こんなに苦しんでる。ほら、見て。あなたが私を大切にしてくれなかったせいで、こんなにもボロボロになってしまった。」
そう、自分を愛さず、幸せになろうとしないことで、「あなたが私を見捨てた痛み」を、わかってもらおうとしている。言葉には出さない、でも静かに胸の奥で響いている、“見せる復讐”。
本当はね、それってとても苦しいこと。
自分の人生を使ってまで、誰かに「苦しかった」と伝えようとするなんて、それだけ、その人を大切に思っていたということなんです。
愛されたかった。
わかってほしかった。
でも、届かなかった。
その切なさが、自己嫌悪のかたちを借りて、あなたを苦しめているのかもしれません。
2.あの人を愛せなかった“自分”への復讐

そしてもうひとつ。「自分なんか、誰にも愛されてはいけない」と感じてしまうとき。それは、誰かを傷つけてしまった記憶があるからかもしれません。
過去の自分に対して「私のせいで誰かを泣かせてしまった」と、責め続けているような感覚です。
たとえば、ふった側になったとき。「あの人を泣かせた私は、ひどい人間だ」「そもそも、こんな私が誰かに愛されるわけがないんだ」そんなふうに、自分を罰し続けてしまうことがあります。
だから、あえて人を遠ざけてしまう。
近づかれそうになると、怒ったり、突き放したりしてしまう。
それは、「もう誰にも愛されてはいけない」と、自分に言い聞かせているような行動です。
“加害者の自分”に、許しを与えることができなくて、「幸せになろうとすること」すら、自分に禁じてしまう。それは、過去の自分への静かな復讐でもあるのです。
3.本当はね...

ここまで読んで、「ああ、もしかして私も……」と少しでも感じたなら、きっとあなたは、誰かを本当に大切に思っていた人です。
愛したかった。
でも、愛せなかった。
助けたかった。
でも、できなかった。
その痛みは、きっと誰よりもあなた自身が知っているのでしょう。
そして、その誰かを“しあわせにしてあげたかった”という気持ちも、本当は、今でも心のどこかにあるのかもしれません。
もしよかったら、心のなかでこうつぶやいてみてください。
「私はあの人を幸せにしてあげたかったんだよ、本当はね。」
それは、自分への許しの始まりであり、過去の誰かへの愛しさを取り戻す、小さな光になるかもしれません。
自己嫌悪は、ときに心の奥の愛しさが、行き場をなくしてしまった姿なんです。
どうかその想いを、やさしく抱きしめてあげてくださいね。
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