9月は私の誕生月。
さすがにもう大きなケーキは食べられないので、小さなショートケーキをひとつ食べるぐらいになりました。
「誕生日っていうのはね、本当は親に感謝する日なんだよ。」
そう聞いたことがあります。
自分が生まれてきたことを祝福される日でもあるのですが、この世に産んでもらったことを感謝する日でもあるんだよ、ということです。
恥ずかしながら私は30歳過ぎるまで、そんな発想をもったことがありませんでした。
思春期で悩み多き頃は、「生んでくれなんて頼んだ覚えはない」と親に文句を言ったこともあります。
思春期特有の「自分なんか大嫌い」という感覚が強い頃は、ついそんなことを言うものですが、親にしてみればどんな気持ちだったのでしょうか。
この世に生まれて今日まで生きてこられたことをあたり前に思うから、親にそんなことが言えたのでしょうね。
「お前は、自分ひとりで大きくなったような口をきくやつだな。」
これは、私が父からよく言われていた言葉です。
今となると、それなりに反省しているのですが。
四十も半ばを過ぎてくると、ここまで生きてこられたことの有難さも感じられるようになりました。そして、親がまだ生きてくれていることも。
親にしても、わが子がここまで育ってくれたことへの奇跡を「おめでとう!」という言葉に込めているのかもしれません。
歳を重ねられるということは、幸せなこと。
46歳を思いきり生きてみようと思います。

さすがにもう大きなケーキは食べられないので、小さなショートケーキをひとつ食べるぐらいになりました。
「誕生日っていうのはね、本当は親に感謝する日なんだよ。」
そう聞いたことがあります。
自分が生まれてきたことを祝福される日でもあるのですが、この世に産んでもらったことを感謝する日でもあるんだよ、ということです。
恥ずかしながら私は30歳過ぎるまで、そんな発想をもったことがありませんでした。
思春期で悩み多き頃は、「生んでくれなんて頼んだ覚えはない」と親に文句を言ったこともあります。
思春期特有の「自分なんか大嫌い」という感覚が強い頃は、ついそんなことを言うものですが、親にしてみればどんな気持ちだったのでしょうか。
この世に生まれて今日まで生きてこられたことをあたり前に思うから、親にそんなことが言えたのでしょうね。
「お前は、自分ひとりで大きくなったような口をきくやつだな。」
これは、私が父からよく言われていた言葉です。
今となると、それなりに反省しているのですが。
四十も半ばを過ぎてくると、ここまで生きてこられたことの有難さも感じられるようになりました。そして、親がまだ生きてくれていることも。
親にしても、わが子がここまで育ってくれたことへの奇跡を「おめでとう!」という言葉に込めているのかもしれません。
歳を重ねられるということは、幸せなこと。
46歳を思いきり生きてみようと思います。
