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適齢期であれば、彼氏がいないこと。
独身であれば、結婚していないこと。
結婚していれば、子供がいないこと。

それがないことを、まるで悪いことのように感じてしまう。
あれもナイ、これもナイ。そして、そんな自分を責めてしまう。

これを、「ナイナイコンプレックス」と言います。
(・・私が名づけてみたのですが。)

私達にとって、自分が経験していないことが、コンプレックスになってしまうことがあります。

女性であれば、適齢期に彼氏がいないこと、結婚していない独身であること、子供を産み育てていないことに、コンプレックスをもちやすいでしょう。

自分が欠けているような、不十分なような、「みんなができることを、私はできていない」という感覚に、とても悩まされます。

とても多くお伺いする悩みなのですが、つい人と比べて劣等感を感じてしまったり、いつまでたっても自信がもてないままという人も少なくありません。

これは、本当につらい感覚ですよね。

ですが、この「ナイ」ということ。あなたの人生をナイだけのものにしてしまうこともできるのですが、あなたはあなたなりのアルという経験もしているはずです。

あなたに今ある環境に気がつかないと、「今だからこそ、できること」を見落としてしまうこともあります。それは、なんてもったいないことでしょう。

たとえば、私は子供がいませんが、自分に使える時間があるという環境にあります。学びたいと思うものを学び、行きたいと思う場所に行き、好きなように仕事をするだけの自由な時間があります。

もちろん、「私に子供がいたら、どんな人生だったのだろうか?」と考えてみたことがないわけではありませんが、子供がいないことばかりに目を向けていたら、私は自分の人生を「さみしいものだ」と思うようになるでしょう。

自由な時間を与えられたことで、今の私に出来ることがあるだとしたら、それは素晴らしいことだと思うのです。

そんなことは、信じられないでしょうか?

どんなことにも、必ず両面があります。
「良いこと」と「悪いこと」。「メリット」と「デメリット」。「便利」と「不便」。

独身であることのデメリットあれば、メリットもあるでしょう。
子供のいることの良さもあれば、大変さもあることでしょう。

ナイものを見るときは、アルものも同時に見るべきなのです。
なぜならば、アルにはあることの、ナイにはないことの、経験と学びが存在するからです。

カップとはちみつ









ここで、最初のお話に戻りますが。

ナイナイコンプレックスのいちばんの苦しさは、「人にあるものが自分にはない」という感覚です。だからこそ、「人にはないものが自分にはある」ということを思い出してほしいのです。

彼氏がいないということは、ひとりを楽しむという経験を。
結婚していないということは、自分に集中できるという経験を。
子供がいないということは、いきがいを自由にもてるという経験を。

ナイということは、その経験がないことで得られる貴重な経験をしているとも言えるのです。

もしあなたに、「結婚していないなんて・・」「子供がいないなんて・・」と言う人がいて、それをまるで「かわいそうなこと」のように言う人がいたとしたならば、それはその人の“幸せ”に対するとらえ方が違うだけなのでしょう。

~さえあれば、幸せ。
それは、限定された中での条件付きの幸せであり、それが手に入らなければ幸せではないという考え方だともいえるのです。

もし人に言われた言葉で心がチクリとするのならば、今ある環境の恩恵をじゅうぶんには受け取っていないのかもしれません。
それは言い変えれば、今を生きていないということでもあるのです。

“人間が不幸なのは、自分が幸福であることを知らないからだ
ただそれだけの理由なのだ”

ドストエフスキーの有名な言葉ですが、今ある環境だからこそできることを、もう一度しっかりと受け入れてみてはいかがでしょうか。

「うん、これはこれで幸せかな」なんて心から思えた時に、思いもよらぬ幸せが舞い込んでくることが多いものです。
不思議なんですけれどね、そういうことはよく起こります。

あなたの今日が少しでもラクになることを願っています。